1970年代に美術の教師だったラドーナ・エリソン・アイチェンバーグは、創造的表現を求める情熱を持っていました。ラドーナは、鮮やかな紙で文字や形を切り抜いて、教え子達の芸術的衝動を促していましたが、時間がかかり、できることが限られていました。この必要性からビジョンが生まれ、ビジョンから発明が生まれたのです。
1977年にラドーナは夫ボブ・アイチェンバーグと共に、初の手動ダイカット機、エリソン・レターマシンを発売しました。何年もの間、エリソンの機械はさまざまな地域の教育者に愛用され、今や米国全体の80%を超える学校を始めとして世界各地で使われています。エリソンのダイカット装置は、児童生徒のインスピレーションを促し、学業の達成と豊かな創造性を生み出すために、教育者にとって欠くことのできないものとなりました。
レターマシンの成功を基にして、創造的秀逸さを追及する定常的取組みを続けたエリソンは、さまざまな発明を次々と世に送り出してきました。新規改良されたエリソンのプロ用ダイカット機シリーズ、プレスティジ・スペースセーバー(Prestige SpaceSaver)、プレスティジ・プロ、(Prestige Pro)、プレスティジ・セレクト(Prestige Select)は、軽工業用能力を備え、教育、ファッション、クラフト、室内装飾の各産業に表現の可能性をもたらしています。シジックス・マシンは、エリソン機の人気デザインの消費者向けバージョンで、その汎用性と手頃な価格で、スクラップブックやクラフトを作る人々の間で非常に人気を博しています。これらの貢献を讃える意味で、エリソンはクラフト業界および教育界より、数多くの賞の受賞候補に挙げられたり、受賞したりしています。
今日では、ボブとラドーナ・アイチェンバーグの家族を始めとする150名を超える従業員が、カリフォルニア州レーク・フォレストの世界本社で、エリソンの創造的ビジョンを遂行しています。1994年以来エリソンのリーダーシップは、ラドーナの娘リサ・コーコランの有能な手に委ねられています。ダイカットの革新と製品開発の先駆者としてのエリソンの名声により、他の大手製造業者との実り多い提携を可能にしたばかりでなく、さらに重要なのは、個々の人々の、個人的あるいはプロフェッショナルな創造性の表現を25年以上も支援してきたことです。

ボブとラドーナ・アイチェンバーグが設計した初のエリソン機 |
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| 1976 |
エリソン・レターマシン誕生: ラドーナのビジョンと、ボブの設計。 |
| 1977 |
自宅での事業:
ガレージでボブとラドーナと従業員1名で事業発足。 |
| 1978 |
発展: 最初の郵送、そして475平方フィートの建物に移転。 |
| 1981 |
さらなる成長:
4倍の広さの新しい建物に移転し、従業員5名追加。型の内製化。 |
| 1983 |
西へ拡張:
倍の広さのところへ再度移転。 |
| 1983 |
機械の販売促進:
エリソン・レターマシンの初の広告。 |
| 1984 |
レーザーに焦点:
型製造では初のレーザー装置。 |
| 1985 |
喜び倍増:
エリソンが自社がリースしているビルの唯一のテナントとなる。 |
| 1986 |
プレスで前進:
エリソンの出版の柱、バタフライ・プレス(Butterfly Press)の創設。「カット・イット・アウト」を出版。 |
| 1988 |
拡大と充実:
アーバインの28,000平方フィートの施設に移転。すべて内製化。 |
| 1989 |
売上記録:
機械の売上台数10,000台達成。 |
| 1991 |
より高く:
機械の売上台数25,000台達成。 |
| 1993 |
美しい写真:
手描きのカタログはこれで終わり、、、初の写真入りカタログ登場。 |
| 1994 |
新しい記録: 機械の売上台数45,000台達成。 |
| 1996 |
サイバースペースへようこそ:
Ellison.com発足。 |
| 1998 |
本拠へ: 現在の137,000平方フィートのレークフォレスト拠点へ移転。 |
| 2001 |
天駆けるシジックス:
シジックス・マシン発売。中国での生産開始。 |
| 2004 |
大家族に福来る:
エリソン・ファミリーは150人を超える従業員と、メキシコの各製造施設を含む。 |
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未来: とてつもない製品やアイデアをもっと送り出し、新しい市場と新しい国に進出する。 |
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